鳥の彫刻「タッチカービング」複製制作工程


2023年11月16日~2024年1月8日に東京都美術館にて開催された「いのちをうつす 」展。人間以外の自然界のいきものを「うつす」ことに人生をかけて取り組み続けてきた6名のつくり手たちを紹介する展示でした。

作り手のひとり、木象嵌師/野鳥彫刻家の内山春雄さんによる野鳥のタッチカービング39点は、素材にジェスモナイトAC100が使用されていています。

「いのちをうつす」展示風景

展示と作品の様子は、日本のアートワーク紹介「いのちをうつす 内山春雄」(ジェスモナイト公式サイト)にて紹介していますので、ぜひご覧になってみてください。

さて今回は、内山春雄さんのアトリエで制作風景を取材させていただきました。

内山春雄さんのアトリエ 楽堂工房

タッチカービング制作の流れは、木彫で作成した原形をシリコンで型取りし、できたシリコン型にジェスモナイトを薄く貼り込み、という工程で作られています。
鳥をテーマに長い年月をかけて真摯に制作を続けてこられ、表現と技術を磨いてこられた内山さんの素晴らしい技の中から、今回はジェスモナイトで複製する工程にフォーカスして少しでも何かを学べればと思い、制作の様子を見せていただきました。

1. 原形

こちらは原型づくりの様子。
原型に使用する木材はチュペロ材が多いそうです。
リューターで、羽や足の脚鱗(きゃくりん、鳥類の足のうろこ状角質層のこと)の微細な造形が手際よく刻まれていきます。

制作対象の骨格などを確認しながら作業を進められています。

原型はボディと足と趾(あしゆび)とで パーツを分けて作られています。羽を広げたポーズだと、羽も別パーツにされることがあるそうです。

机の上にはたくさんのリュータービットが並んでいます。

2. シリコン型

今回ジェスモナイトの複製作業を見せていただいた鳥「キング・コンググロスビーク(亜化石骨からのハワイミツスイの復元18種の中の1)」は、このようなセンター2面割のシリコン型で作られています。注型の型ではないので湯口などは付いていません。ジャケットには石膏が使用されています。

ジェスモナイトで複製する場合、細長いパーツはかなり折れやすくなってしまうのですが、実寸サイズで作る鳥の足は非常に細長く、今回内山さんもこの点で最初はかなり苦労をされたとのことです。強化のための補強材を入れるなど工夫で乗り切れるところは乗り切り、最終的にどうしても細くて難しい部分は原形から考え直して、「枝にとまった状態の足」を造形して、脚と止まり木を一体で成型するという素晴らしい発想転換のアイディアで乗り切られていました!

材料屋のジェスモナイトとしては、その部分だけ折れにくい別素材を使用することを提案するなど、つい材料側から考えてしまうのですが、タッチカービングとしての触った感触の統一感も考えて、造形で対応するこのアイディアは新鮮な驚きでした。

▼枝と足を一体成型するように作られたシリコン型

3. ジェスモナイト貼り込み

全長約21cmの鳥1体で、トータル約300gのジェスモナイトAC100を使用されています。
中空なのでかなり軽いですね(もし中身が詰まった状態だと、おそらく1kg以上の重さになると思います。)

個体サイズにもよりますが、平均3回に分けて合わせ型に塗布していくことが多いとのことです。
総量が300gであれば、1回あたり100gずつ混ぜての作業になります。
ジェスモナイトAC100を標準の1:2.5の重量比で計量して攪拌後、1層目をシリコン型に塗っていきます。

1層目の塗布ではシリコン型の合わせる部分にジェスモナイトがはみ出さないように丁寧に塗られています。

一般的なジェスモナイトの使い方では、中空構造にする場合、1層目の次は強化のための繊維を貼り込むことが多いのですが、内山さんは基本的にガラス繊維は使われないそうです。繊維なしで生のジェスモナイトの塗布&硬化を重ねることで厚みを出して強度を出しています。もちろん繊維を入れた方が強度は上がるのですが、その造形に対してどの程度の強度があればよいのか、それをしっかり見極めて調整されているということですね!

1層目が固まったらすぐに、2層目も同じように型からはみ出さないように丁寧に塗り重ねます。

さてそして2層目も固まったら、いよいよラスト3回目の塗布では、シリコン型を合わせる工程も同時に行われます。

一般的に型合わせの接着には、増粘剤入れてジェスモナイトの粘度を上げたり、ガラスチョップを混ぜて粘度を上げたりして、フチ部分に盛り付けることが多いのですが、内山さんは増粘剤は使用せず、3層目のジェスモナイトを塗りつつ、その液が硬化する直前の粘度がすこし上がるタイミングを見計らって、手際よくキワ部分への盛り付け作業をされています。

短時間で手際よく塗りきれるなら、いちいち増粘剤を入れて調整するよりも、一連の流れでできるのは確かによさそうです。とはいえ、タイミングを見極めて限られた時間内で作業しきる、手際の良さが要求されますね。

塗布を手早く終えたら、硬化する前に型を合わせて閉じます。

閉じた後はしっかりとゴムバンドで固定します。

あとは硬化を待ちます。この日は午後15時ごろの作業でしたので、脱型は翌日となります。

4. 脱型

今回は、前日にジェスモナイト貼り込みをされた別のシリコン型を開けていただきました。

型の中から見事な姿が見えます。
羽の流れやこまかい線のひとつひとつが、しっかりと表れています。

 

5. 補修

合わせ目のバリ

合わせ目の処理は、グラインダーでバリを削ったのち、上から再度模様を彫られるそうです。「ジェスモナイトはバリが薄くて処理しやすい」と言っていただきました。

欠けてしまったところや気泡が入ったところは、脱型後にジェスモナイトをつぎ足して修復します。

シリコン型に塗って余ったジェスモナイトを、既に脱型している鳥の補修作業につかうなど、複数を並行して作業されていましたので、無駄なく作業が進んでいます。

「作りながら」「直しながら」と言うととても慌ただしそうに聞こえますが、内山さんの作業は、すべてが丁寧に行われています。この取材の中でも「焦っても良いことは無い、とにかく丁寧に」と、くりかえし仰っていました。

今回はガラス繊維等のバックアップが使用されていませんが、足などの細い部分にはピアノ線/真鍮の針金を使用。

脚パーツとボディパーツは、針金やボルト等を使って接合されています。

カイツブリの足ヒレの針金補強。

「いのちをうつす」展で展示されたカイツブリの完成作品

タッチカービングの展示ではカワセミ・オオルリなど、いくつか飛翔形の作品もみられました。羽を広げた部分はとても薄くなるため、そういう場合には羽部分にガラスチョップを混ぜることもあるそうです。

6. 塗装

今回塗装工程は写真がないのですが、タッチカービング作品ではジェッソを塗布後、白絵の具を塗布して仕上げられているとのことでした。
カラー塗装の場合は、ジェッソ下地の後で、絵の具で着色し、仕上げはサテンバーニッシュ(半艶)という工程で制作されているそうです。

数えきれないほどの道具や資材がひしめく内山さんの工房の風景。

おわりに

今回、タッチカービングの展示に際してジェスモナイトを使用していただきましたが、元々内山さんは、長きにわたり木彫でバードカービングを作り続けてこられています。

ジェスモナイトを知ったきっかけは、長年FRP(ポリエステル樹脂)での複製をされていて、アセトンの使用が続いてアレルギーが出たりしたそうです。その体調不良についてお弟子さんとお話しされていたところ、ジェスモナイトという水性の樹脂があると見つけてきてくれたそうです!

ジェスモナイトを使ってみて、ポリエステル樹脂と比べて良い点・悪い点をお聞きしました。

良かった点

  • ポリにある匂いがない、体調面にも優しい。格段に作業が楽になった。
  • 使用した道具を水で洗って再度使える。アセトンだと、容器もいちいち取り替えなくてはいけないから経済的にも助かる。
  • 硬化時間が20分前後というのが丁度いい。作業に余裕がある。
  • FRP と比べて、バリが3分の1程度しかない。その薄さが嬉しい。
  • 着色の際のくいつきが良い。FRP は吸い込みがないので困っていた。ジェスモナイトそのものが白っぽいので、発色も良いように思う。

悪かった点

  • 細長いパーツの折れやすさ。
  • 重さ。今回は最大でもヤンバルクイナ程度の大きさだったが、もっと大きな鳥に挑戦した時にどうなるか。
  • 保護活動で屋外に鳥の彫刻を常設する際は、耐水性・耐久性の面からポリ樹脂での制作になると思う。

バードカービングは元々アメリカで始まり、デコイ(狩猟のおとり)としてその文化が発展してきました。
一方で内山さんは野鳥の保護活動、博物館での展示、目の見えない人に体験してもらう世界としてのタッチカービングなど、「学問」「福祉」「芸術」という多面的な制作を続けられています。

その仕事の軌跡については、内山春雄さんのHPにも記載されています。詳しくは下記をご覧ください。
▼内山春雄さんのHP
内山春雄のバードカービングと木象嵌


笑顔がとても素敵な内山さん、ハワイ諸島に生息していた鳥の分布図と共に。現存するハワイの野鳥の保護活動にも携わっておられます。また背面の植物や虫が施されている部分も、内山さんによる木象嵌作品です。

内山さん、本当にありがとうございました!