ジェスモナイト 樹木の制作工程


クオリティの高い人工の樹木(業界では擬木(ぎぼく)と呼ばれます)を制作されているソル・クリエーティブ株式会社さんの工房にお邪魔して、ジェスモナイトを使用して樹木を制作する工程をレポートします。

ソル・クリエーティブさん工房へ

伺った工房/アトリエは、東京都江東区 清澄白河駅からほど近い場所にあります。落ち着いた住宅街にこだわりの珈琲店やカフェがあるエリアですが、あちらこちらに工場や材木屋もあります。(清澄白河のあたりは昔、材木問屋が数多くある運河の物流拠点だったそうです)

ソル・クリエーティブさんは立体造形業で、中でも「擬木(ぎぼく)」「擬岩(ぎがん)」など、本物そっくりに作られた人工の樹木や岩石などの造形を得意とされています。それらは様々な場所で使われていて、例えば遊園地、水族館や動物園のランドスケープ、博物館や美術館のレプリカ・セット、店舗やオフィスの内装などでも見ることができます。

今回取材させていただいた人工樹木は「パティスリーGIN NO MORI」という焼菓子ブランドのための制作物です。
一般的な擬木制作では軽量性と耐久性の高さからFRP(ポリエステル樹脂)が材料として選択されることが多いですが、本件では有機溶剤・VOCフリーで非常に燃えにくい水性材料 ジェスモナイト(Jesmonite®)が採用されています。同ブランド店舗にはジェスモナイトAC100で作られた人工樹木も採用されています。(記事はこちら )今回の制作は設置場所がJR東京駅の構内ということで、AC100よりも不燃性がさらに高いジェスモナイトAC730(不燃材料相当)が採用されています。

▼ソル・クリエーティブさん本案件 制作チーム

樹木制作のプロフェッショナルの日向 建二(ひなた けんじ)さんとスタッフさん3名、計4名のチームです。作業中は皆さん集中していますが、休憩中はとても和やかでにぎやかなムードでした。

右から順に、日向 建二さん、村山 清美さん(前)、サクセ エモリさん(後)、田島 梓さん。 (左手前の親子は ご近所の暖くんとママさん。 撮影中にたまたま通りかかって一緒に。ご近所との関係の良さが伺えます♪)

1.ミニチュアモデル

まずは店舗の設計図をもとに、ミニチュアサイズの木の模型が作られます。
この時点である程度の木の形状や見え方が決められます。

2.発泡スチロールの原型

さて、いよいよ実寸大での制作開始です。
太い幹部分の原型は、発泡スチロールで作られています。表面の細かいテクスチャはなく、幹の起伏・形状のみが作成されています。
こちらの原型サイズは高さ約2m、直径約50cmで、幹はいくつかに分割して制作されています。

発泡スチロールの上からジェスモナイトを塗布するため、後で外しやすいように、発泡スチロール表面に緑色の養生テープ(パイオランテープ)が貼られています。このテープを貼ることでジェスモナイトが発泡スチロールに食いつくのを防ぎ、楽に外せるようになります。

枝の造形も同じく発泡スチロールで原型が作られますが、形が合う時には実物の枝や流木も原型として使用されます。枝の造形は、太さ直径10cm~20cm程度、長さは大体1~2m程度で制作されています。

流木を使用する場合も発泡スチロールと同様に、脱型しやすいように養生テープが巻かれています。

3.ジェスモナイト塗布

1層目のジェスモナイトAC730を塗っていきます。
最初に耐アルカリ四軸ガラス繊維1枚を置き、その上から柔らかめに練ったAC730を刷毛で塗布して、ガラス繊維を原形になじませていきます。

今回使用されているジェスモナイトAC730の種類は「AC730 Natural Stone(ナチュラルストーン)」。
リキッドとベースの配合は標準の1:5で混合されています。ソフトナーと少量の水を加えて塗りやすい硬さに調整されます。

2人ペアで、1人がジェスモナイト塗布作業、もう1人が計量&攪拌&粘度調整と、分担してスムーズに作業が進みます。

木のホラなど凹んだ部分は、ガラス繊維を適時ハサミなどでカットして原型にフィットさせていきます。

できる限り軽量になるよう、余計な厚塗りはせず、繊維を押さえつけるように薄く塗られています。

ガラス繊維は3層分の貼り込みを行います。
3層分のジェスモナイト塗布が終わったら、脱型するまで1日養生します。

▼原型にジェスモナイトとガラス繊維を貼っていく様子を動画でご紹介

4.原形を取り外す

ジェスモナイトが完全に硬化したら発泡スチロールを抜き取り、取りにくい箇所は発泡スチロールにアセトンをかけて溶かすなどして取り除きます。

【補足:発泡スチロールはアセトンをかけると一瞬で溶けますが、ジェスモナイトはアセトンではすぐに溶けないので、アセトンが多少ついても問題なしです】

この案件では完全に不燃材料のみで作成するため、また、内部に構造用鉄骨や電気配線などを仕込むため、発泡スチロールは全て取り除かれますが、そのような制約がない場合は原型は必ずしも取り除く必要はありません。

▼ 発泡スチロールが外れた 幹土台

▼ 幹の下部は店舗内装に合わせた形状

ジェスモナイトAC730+耐アルカリ四軸ガラス繊維 3プライで、厚みは大体6-7㎜前後の仕上り。原型から外してみて強度的に弱い部分があれば、追加でジェスモナイトAC730とガラス繊維を貼って部分的に補強します。

枝パーツはレシプロソーなどの工具でジェスモナイトを縦に割り開いて、原形から外します。カットしたパーツは再度貼り合わせて筒状の枝の土台が完成します。

枝は結束バンドやクランプなどで仮固定して、ジェスモナイトとガラス繊維を使って接着します。(※この写真はAC100製)

ジェスモナイトとガラス繊維でパーツを貼り合わせる作業を動画でご紹介。しっかりと刷毛を使ってガラス繊維を密着させている様子が分かります。(※この動画もAC100製の枝。作業内容はAC730でも同様)

5.仮組み

完成した幹・枝の下地を作業しやすい場所に移動させます。
幹パーツ半分は、高さ約2m、直径約50cmの半円柱で、1人で運べる重量です。
(重さは量れていませんが、体感でおそらく10~15kgほど)

作業や現場搬入のため、成型物は軽い方が良いですが、あまりに薄くしすぎると、荷重がかかる箇所が破損する可能性もあります。こういった一点物の特殊造形では、どの厚みで納めるか、どこに補強を入れ、どう固定するかなどのノウハウは長年の経験が大きくものをいいます。

2面を合わせると丸い幹の形になります。工房内ではまだ幹同士は接着せず、現場へ搬入・設置してから繋ぎ合わせられます。搬入時に負担なく運べる重さにするるためと、内部に構造用鉄骨などを仕込むためです。

6.樹皮テクスチャの作成

土台となる樹木の形状ができあがり、いよいよリアルな樹皮の作成工程です!

先ほどまで見てきた土台用の積層FRPとは違い、かなり硬めに練ったジェスモナイトAC730が用意されます。ジェスモナイトAC730にヒュームドシリカが添加され、粘土のような硬さになっています。(ヒュームドシリカとは、液体に粘性を付けるためのフワフワした粉末。詳しくはこちら。)一見すると少しボソボソした状態に見えますが、指で練ると粘土のように滑らかに形が変えられて 時間と共にダレてこない、絶妙な硬さです。

1回で練られるジェスモナイトAC730の量は約600g。時間経過で状態が変わらないうちに使いきれて、作業のしやすさ的に丁度良いとのこと。

粘土状のAC730を指で押し付けて、ある程度の範囲を土台に練りつけていきます。

▼ 練り付け作業の様子を動画でご紹介

次にその練りつけた部分に、様々な種類/サイズのブラシで樹皮のテクスチャが作られていきます。このような硬いナイロンブラシやワイヤーブラシは、モルタル造形でよく使われる道具とのこと。
ジェスモナイトの状態は時間と共に少しづつ変わってきます。ちょうど良いタイミングを見極めながら、ブラシやヘラの仕事をされています。

▼ ブラシ仕事の一部を動画でご紹介

道具類は水の入ったバケツに入っていて、作業ごとにちょうど良いブラシが選び取られ、ジェスモナイト表面をなでて、筋跡をつけています。

見学前の予想では、あのリアルな樹皮は実物を型取りして、型に貼り込んで作られているのかな?と思っていたのですが、予想外にもジェスモナイトを盛っていく造形方法でした。型取りにしか見えなかったテクスチャは、全て日向さんの超絶技巧によるもの。このリアルな樹皮が手作業だったとは。

▼ ヘラ仕事の一部を動画でご紹介

木全体の形のうねりと枝同士のつながりなどイメージしながら、あちらこちらにテクスチャが付けられていきます。
それまで別々に存在していたテクスチャがお互いに接近すると、途端に、時を経た樹皮の重なりに変化して見えるのが不思議です。

特に資料写真などを見る様子もなく、着々と作業を進めていく日向さん。
制作中の木に特定のモデルとなる樹種があるのか伺ったところ、今回の制作物は想像上の樹木とのことでした。
(リクエストに応じて、特定の樹種で制作することもあるそうです。)

一か所から集中的に作業をするのではなく、あちこち角度や場所を変えながら、徐々に全体の流れを浮かび上がらせるように、複数部分が並行して作られていきます。立体物ですが、まるで絵を描いているようにも見えます。

「彫刻の基礎があれば、あとはよく木を見ていれば作れるようになりますよ」とおっしゃる日向さん。
「よく木を見るというのは、どれくらい見るんですか…?」と伺ってみると「うーん、絵を描くくらいじっくり見ていれば」とのこと。

これまで一体どれくらい樹木を観察し、向き合ってこられたのでしょう。

モルタル造形とジェスモナイトの違い

さて今回、モルタル造形で使う道具がジェスモナイト仕事で使われていたので、モルタル造形とジェスモナイトAC730の違いについて、日向さんに少しお話を伺ってみました。

取材者「モルタル造形とジェスモナイトAC730は、どちらも骨材が入ったザラザラした質感で、似たところもあると思いますが、造形する上ではどう違うのでしょう?」

日向さん「モルタル造形はかなり重くなるので、作った後に動かすということは基本的にしません。なので現場に行って、ずっと現場で作業することになります。ジェスモナイトは移動させられる重量で作れるので、工房で制作をして現場に設置することができるのが違います。」

日向さん「あとはモルタル造形の場合、まずは材料を塗って固まってから形を削ることで造形をしていくので、基本的に引き算の仕事になります。ジェスモナイトの場合、盛り付けながら造形することもできるので、そのあたりはやりやすいです。」とのこと。

なるほど、質感は似ていても、作業場所や進め方がかなり違うのですね。

7.枝の仮組み

樹皮のテクスチャ制作と並行して行われていたのが、幹と枝との接合作業です。
床面には設計図の指示に従い、枝の伸びる方角がマスキングテープで示されています。

取り付ける枝と、幹の接合部をちょうど良い位置に固定するため、木製台の高さを微調整しながらセットしていきます。

幹の接合部の穴に差し込まれた枝。金具で仮止めされています。

位置が決まったら、連結部が自然な樹形になるように、その場で枝の形状を作り足していきます。
ボリュームを出したいところには、発泡スチロールなどで形が作り足されます。
こちらは発泡スチロールをヒートガンであぶって変形させている様子。

形状が決まったら、発泡スチロールの上からジェスモナイトとガラス繊維を巻いて成型していきます。搬入のため、枝部分は再度幹から取り外せるようになっています。内側の発泡スチロールもやはりジェスモナイト硬化後に取り除かれ「不燃材料だけで作る」が徹底されています。

枝と枝の接合作業。接合部をカットして継ぎ合わせています。

日向さんが樹皮テクスチャを付ける仕事をしながら、しばしば全体の樹形をチェックして、阿吽の呼吸で指示が出され、着々と作業が進んでいきます。
これらの作業の間、ずっとジェスモナイトを計量し、それぞれの作業内容に合わせて粘度を調整し、よいタイミングで材料を渡し、道具も洗っていく、皆のサポート役のスタッフ、キヨミさん。

見学中、果てしない仕事量を目の当たりにして、いったいどれくらいの時間がかかるのだろう、終わりが来るのだろうか…と不安になりましたが、日向さんの中では、ある程度仕事が進んだある時点で「これはもう出来た」と感じられる瞬間があるそうです。もちろん先にたくさんの仕事があれども、ある地点まで到達すると、あとは完成までがすっきり予測できる、というニュアンスでしょうか。

この先、さらなる枝の組み込み、電気配線や吊り金具の仕込みなどの仕事が続いていくのですが、レポートでは割愛します。

9.現場仕上げ

工房での制作が終わったら、いよいよ現場作業です。
どこまでを工房で、どこからを現場で行うか、厳密な線引きはされていないようで、作業進捗や現場スケジュールにあわせて柔軟に対応されるとのことでした。

制作パーツを現地に搬入し、所定位置に組み上げます。樹皮テクスチャが着いた後は土台のみの状態より重量はかなり増えてはいますが、大人が2人で運ぶことが可能な重さです。

幹と幹、枝と幹との接合部は、工房内での作業と同じように、ジェスモナイトのテクスチャ練り付けが現場で行われます。ジェスモナイトは有機溶剤を使用しないので、周囲環境にシンナー臭の問題や有害ガスを発生させる心配がなく、人通りの多い現場でも安心・安全に作業が可能です。

成形完了後は、下地色として濃茶色の塗装、その後、シルバー塗装が施されています。現場での塗装は、エアガンではなく霧吹きなどを利用してできるだけ周囲に飛散しないよう塗装されています。

見事なクオリティのシルバー樹木が完成!

完成した樹木

お店がオープンした直後の風景です。JR東京駅構内 グランスタTOKYO B1F(改札内)にある美味しい焼き菓子を販売するお店で、人通りの多いJR東京駅でもひときわ目を引くお店です。

ジェスモナイトのアートワーク紹介でも同ブランド店舗についてご紹介しています。
パティスリーGIN NO MORI 麻布台ヒルズ店

東京GINZA SIX店, 麻布台ヒルズ店, グランスタ東京店、大阪店の4店舗にインストールされているシルバーの樹が、ソル・クリエーティブさんが製作されたジェスモナイト製です。お近くに行かれる機会がありましたら、ぜひ素敵なお店の世界観を体験し、美味しいお菓子を買って、そして素敵な銀の樹の細部にもぜひ注目してみてください。

今回の制作工程の紹介をご快諾下さったパティスリーGIN NO MORI 運営 株式会社銀の森コーポレーションさまの寛大なご配慮・ご厚情に心より感謝申し上げます。

おわりに

ソル・クリエーティブさんは、ジェスモナイトを使う仕事は、FRPとは違って臭いがなく、身体も楽だとおっしゃっていました。ジェスモナイトの種類に関しては「今回のように指定があればAC730でもやれますが、やはりAC100の方が扱いやすいですね。」とのご感想。AC100の方がより緻密な作業がしやすいこと、またハンドレイアップの際にガラス繊維への含侵性もAC100の方が良いとのことです。私たちジェスモナイトチームも、正直なところAC730でここまでの仕事ができることに、ただただ驚きでした。

ジェスモナイトは操作性や工法はポリエステル樹脂FRPに近く、完成後の質感は石っぽくモルタル造形に近いように思います。用途や条件に応じて、適材適所で材料を選んで頂ければと思います。

▼AC100で制作された樹皮テクスチャ

見学を快く受け入れて下さったソル・クリエーティブさん、素晴らしい仕事を見せていただき、本当にありがとうございました。確かな技術力に裏打ちされた手仕事は、いつまで見ていても見飽きないものでした。

超絶技巧の制作をいきなりマネすることは出来なくても、きっと多くの作り手に多くのヒントとインスピレーションを与える、大変勉強になる内容だと思います。普段はあまり制作工程が公開される機会の少ない造形業界ですが、このような素晴らしい職人仕事を今回紹介させていただけたことを本当に光栄に思っています。

ソル・クリエーティブさんへの制作依頼などはこちら:
Instagram: @solhinaken

制作時期:2024年4月

樹木制作:
ソル・クリエーティブ株式会社
所在地:東京都江東区平野2丁目11-7
Instagram @solhinaken

施主:株式会社銀の森コーポレーション
ブランド:パティスリーGIN NO MORI
Instagram @pati.ginnomori